村上隆展「Murakami – Ego」@カタール、ドーハ報告!!

12/02/16 | カテゴリー:未分類 | | 4 コメント

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村上隆さんの展覧会「Murakami – Ego」を観に、2月初旬、中近東の国カタールはドーハに行ってきました。カルチャーショックを含め、展覧会のあまりの熱気と衝撃にしばし放心状態でしたが、、百聞は一見にしかず! 現地の様子をフォトリポートでお届けしたいと思います。(といいつつ、結構長い・・)

村上展会場表

村上隆 Murakami – Ego展は、イスラム芸術博物館の近くに新設されたALRIWAQ会場で行われています。同展はそのこけら落とし。海沿いの大通りを走ると、カラフルで意表を突く壁画が目にとびこんできます。

カタールの首都ドーハは、こちら↓


大きな地図で見る

2007年にLAから始まった世界巡回個展「(C)MURAKAMI」は、最終地点のスペインのビルバオ展には駆け込んだものの(過去ログ)、話題となった2010年秋のヴェルサイユ宮殿の展覧会には行けずじまい。村上ファンの一人としては後悔しきりで、カタールへの巡回展は、なんとしても行かねば!と、勝手にミッションを感じていました。中東諸国への興味もありましたが、この機会が訪れるまで、実はカタールのことをよく知らず。。

改めて調べてみると、ペルシャ湾に面し、アラブ首長国連邦の東側に位置するカタールは、王家のハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニーが首長を務める独立国家。秋田県ほどの国土の大部分が砂漠で、首都ドーハに人工の8割が集中しています。1940年の石油の発見以後、近代化が急速に進み、石油と天然ガスの輸出によって、今や、世界トップレベルのGDPを誇る富豪の国に!とりわけ液化天然ガス(LNG)は世界最大級の供給力を誇り、そのエネルギー輸出に日本が技術協力したことから、カタールは大変な親日の国なのだそうです。東日本大震災の後、80億近い義援金を、また原発事故を受けた火力発電向けにLNGの追加供給を申し出てもくださっている。そんな恩義を知らなかったことがとても恥ずかしいです。。
wikipedia:カタール

ドバイ空港

ともあれ、アラブ首長国連邦のキャリア、エミレーツ航空をつかい、ドバイ経由でドーハに向かいました。成田からドバイまで、行きは約11時間、帰りは9時間ほど。中東で話題を集める新興都市・ドバイの空港はもう、噂に違わずキラッキラでしたw ここは各都市へ繋ぐ一大中継地点。トランジットのお客さんであふれかえっています。

空からドーハ
そして、ドバイから1時間弱のフライトで目的地のドーハへ。アナウンスを受け、機上から地上を眺めると、そこは、、砂上の楼閣?? なにもない砂の大地に、同じ砂色の建物がポツポツと見えてきて、やがてこじんまりとした都市が現れました。ガイドブックやウェブサイトでは、カタールは観光資源のない「世界で最も退屈な街」とうたわれていましたが、本当にそうなの??

イスラムMと遠景2
が、しかし、現地に着いて街中を走ると、そんな先入観は払拭されました。だって、湾の向こう岸にそびえ立つビル群、凄いし!!!ここは、未来都市?!! モダンなイスラム芸術博物館の左に見える、映画のような光景に、圧倒されました。街のあちこちには工事現場があり、まさに建設ラッシュまっただ中。2022年にはFIFAワールドカップの開催が決まっているそうで、エネルギー産業に頼るだけでなく、観光に力を入れていこうとするカタールの意気込みが、それはもうしっかりと伝わってきます。ちなみに、アルジャジーラはカタール王家の肝入りメディアなのだそうです。そしてドーハはいまや、中東における一番の金融都市でもあります。

パーティ招待状
そんなドーハで、Murakami – Ego展です。現代美術に特化して文化立国を目指すカタールは、ヴェルサイユ宮殿での村上展も数億規模でバックアップした一大スポンサーなのだそうです(このご時世に!)。自国ドーハへの巡回展は、王女様がとりしきるQATAR MUSEUM AUTHORITY=QMA が企画し、展示会場を新しく設けて大々的に開催されました(6/24まで)。日本との国交40周年を祝うイベント、QATAR JAPAN 2012の一環でもあります。QMAは他にも、ルイーズ・ブルジョワ展、蔡國強展なども同時期開催。国家の外交政策として、現代美術にこれほど大規模に投資がされるなんて、日本では考えられない話ですね。。

三人のショット
2/8のオープニングで、村上さん(左)と、日本から駆けつけた兵庫県美の蓑館長、奈良美智さんとの3ショット。アーティストは人に非ず=非人たるべし、と言う村上さんは、なんとその思いを表すボロルックのジャケットで登場。

巨大村上
王女様がいらして展覧会は開幕。
会場の入口で最初に観客を迎えるのが、この巨大な村上大仏(タイトル未定)です。意表をつく演出で、しょっぱなからカウンターパンチをくらわされます。

巨大村上2
眼光鋭く、ご本人にそっくり・・。

巨大村上3
この作品は、株式会社エアロテックさんの技術協力によるもので、頭部はFRP製、体躯はバルーンでできています。それにしても精巧だ。。

会場に入ると、代表作を順々に辿る大回顧展となっているのですが、今回、開催前から最も話題を呼んでいたのが、高さ3メートル、全長100メートルの驚異の大作、通称・五百羅漢図(タイトル未定)でした。

会場1
メインの大展示室では、カイカイとキキちゃんの大バルーンや、映像上映をするかわいいサーカス小屋、LEDの華やかな台座に載った彫刻たちが迎えてくれて、楽しい雰囲気。そして、その向こうに、五百羅漢図が!!!

五百羅漢1
とにかくドでかい!!!ここが五百羅漢図の左端なのですが、スケール感がはんぱないです!!!!
1カ所に立って全部を把握できるわけがなく、順々に観ていこうとするのだけれど、描かれている聖獣や羅漢たちの仕草・表情がどれも奇想天外で面白く、し構図や背景がとんでもなくアクロバティックで重層的。細部と全体が入り交じった画面は観るところが多くて、焦点が定まらないし、視線がおっつかない!!!絵画革命!?!?!!!
想像を絶する規模と密度の大絵巻が、眼前に繰り広げられていました。

五百羅漢2
波の文様もカラフルかつダイナミック。そして羅漢達はどこかユーモラスで漫画っぽい。すっごく愛嬌があるのです。

五百羅漢11
五百羅漢図は、全体が四つの自然界のパートに分かれていて、海の場面の次は炎の世界へ。
描かれている大小の羅漢は全部で500人で、本当に、二人として同じ人物がいないのがすごいです。いわば全員が無名の新キャラ。三十三間堂の仏像のように、ここには自分やあの人に似た人がいるのかもしれないです。

五百羅漢部分3
狩野永徳の唐獅子図からのサンプリングだろうか。村上さんがスーパーフラットの元祖として名を挙げる伊藤若冲ら、影響を受けた過去の名画の引用も巧みに織り交ぜられてる。

五百羅漢部分2
真ん中の羅漢の顔、すっごい面白くて印象的だった!羅漢達は、水木しげるの描く妖怪のごとく、一筋縄ではいかない手強いオーラを一人一人が発しています。

五百羅漢部分
下の小さな羅漢の右から四人目は、村上さんの自画像だったのかなと。顔が似てました(ディテール撮りそびれた!)。
以前村上さんは、天才アニメーター金田伊功さんの描く「銀河鉄道999」の爆発シーンを、葛飾北斎の描く雷の表現になぞり、日本発のスーパーフラット・カルチャーの文脈を語って、世界に発信しました。過去には、あの彫刻・ロンサムカウボーイやヒロポンちゃんのほとばしる体液を2Dに落とし込んだ絵画作品がありましたが、この炎の表現は、その延長線上にあるものなのかと。日本の擬態語カルチャーと抽象画の出会い。暴走族風でもある過剰で煌びやかな意匠に見入ってしまいました。

五百羅漢12
目を凝らすと、キラキラした背景の文様は、ラメやドットや色が何重にも重なっている。一方の人物像の体躯は、ポロックのポーリングのように、ダイナミックな表現主義風に塗られている。この作品は、なんと3000枚にもおよぶシルクスクリーンで版を刷り、大勢のスタッフの手で、最後は手描きで仕上げたものなのだそうです。自由闊達な線も、ドローイングではなくシルクによると聞いて驚きました。つまりコンピュータでブラッシュアップしてから転写している。
印刷を経たフラットな画面は、やはりシルクを使ったアンディ・ウォーホルの絵画の流れに連なりますが、下絵や版をつくる過程でイメージの情報がデジタル化されているのが村上流。この複雑さは驚異的です。どうやってつくられているのか、表面を観ただけでは全然わかんないんです。

五百羅漢5
五百羅漢図は、3.11の東日本大震災以後、鎮魂の祈りとして村上さんが制作した渾身の大作です。2011年6月頃から着手し、調査を行い、11月から年末年始のおよそ2ヶ月半で制作を行ったそうです。埼玉県の制作現場には、全国の美大からスカウトしてきたスタッフが、のべ300人も関わったそう。本当に、気の遠くなるような壮大なプロジェクトです。まさに村上さんの信念と執念の結晶。このとてつもない絵が目の前にあることが奇跡に思えてきます。

五百羅漢宇宙2
一転して三番目のセクション、宇宙のシーンへ。

五百羅漢宇宙
宇宙線を浴びた羅漢達の光っぷりと、ドットを交えたスペイシーな背景がカッコイイ!

五百羅漢火の鳥
火の鳥、美しす!

五百羅漢の一人
画面のいたるところに、だまし絵のようにいろんなモチーフが散りばめられているのですが、この羅漢の着物が子犬模様なのです。もしやPOMちゃん?!

五百羅漢宇宙と天空
羅漢達の動きが、アニメのように自由自在。実際、SFアニメを観てるみたいで、もの凄いエンターテイメントだなぁと。

五百羅漢8
まだまだつづく五百羅漢図。

五百羅漢10
四番目の天空の場面に、赤鬼と青鬼が。

五百羅漢終わり
やっと右端までたどりついた。
まさに森羅万象、世界の縮図のような絵です。どんなに凝視しても、つぎつぎ違うシーンが目に飛び込んできて、見尽くしたという実感が全然もてない。全部見るには、一生掛かっても無理なんじゃないだろうかと思えてきます。壮大な物語が、そこにある。
日本のオタクカルチャーを翻訳した、村上さんのこれまでのクールで洗練された作風を思うと、五百羅漢はあまりにカオスで、熱量がすごいです。でも絶妙に均衡がとれていて、美しい。そして、愛すべき羅漢達はみんな、人間くさくてあたたかいのです。想いのたけと力が全投入されたこの絵のパワーに、観てるこちらは、はじきとばされそうになりながらも引き込まれ、共鳴しました。
感動!!!

***
開幕前のニコニコ生放送で、村上さんが作品にかける想いを語っています。
一日目 http://www.nicovideo.jp/watch/sm16921166
二日目 http://www.nicovideo.jp/watch/sm16921383

その主張のほとんどは、3.11以後、よりリアルになった、瓦解する日本という国に対する危機感とそれに無自覚で内向的でありつづける若者達および社会への憤り、世界の文化交流の核となりうるアートへの、日本人の無理解さへの怒りetc.(正直、耳に痛い話ばかりです。。)
かつて、平安・桃山時代の日本で芸術が隆盛を誇った時、天災に直面した人々の復興の祈りの気持ちが、表現のモチベーションとしてあったのではないかと、村上さんは指摘します。スペインにあるピカソのゲルニカがなぜ、今も人の心を打つのか。歴史画、戦争画の歴史に連なる、3.11以後の鎮魂の図。ニューヨーク中心に動く現代アートマーケットのゲームのルールを学び、欧米の価値観を覆す日本の価値の輸出に邁進してきた村上さんは、震災を機に、芸術表現そのものの原点に立ち返っているかのようでした。

ここが村上さんのターニングポイントだとしたら、この次にはどんな作品が生まれてくるのでしょうか。さらに大がかりな、寺社仏閣のような建物と一体化した絵画? それとも時空を再編した、外伝のような、物語性の濃い絵巻??

ところで、五百羅漢図といえば、昨年江戸東京博物館で開催された、狩野一信の五百羅漢全100幅の展示が記憶に鮮明です。
羅漢は、釈迦の弟子として悟りを開いた仏門の者達。五百羅漢を訪ねれば大切な亡き人に対面できるという五百羅漢信仰に基づき、各地で彫刻や絵画を制作するブームが起こったそうで、幕末の画家、狩野一信は、10年がかりで苦行のような、しかし前代未聞の絵画制作を行いました。一信の五百羅漢図は、一幅一幅がマンガ一冊分の物語を圧縮したような高密度かつハイブリッドな凄まじい作品でしたが、村上五百羅漢図は、さらに全部がひと繋がりになり、四角い部屋にぐるりと展示すれば、始まりも終わりも中心もない、円環状の世界が浮かび上がります。絵巻というより、曼荼羅? しかもそこには日本の絵画史やなじみ深いマンガやアニメ、コンピュータ時代のヴィジュアルが渾然一体となって詰まってる。そしてたくさんの描き手の汗と涙と?熱い思いも一杯に。

ニコニコ生放送の二日目の座談会で、批評家の東浩紀さんが、村上さんはもはやアートを超えて、人々を救う宗教の域まで到達したのでは、と指摘されていました。私も、本当にこの絵が今後、多くの人々が詣でる場所に設置され、直にそのメッセージが届けばよいのに!!!(とくに日本の観客に!!)と願ってやみませんでした。そのくらい、egoというタイトルに相反し、自己表現とか個人の枠を超えた、「日本を救いたい」っていう強い思念がこもってた。五百羅漢図は、より多くの人の想いを受け止める、より大きな器としてそこにありました。
日本への直近の巡回は望めそうにないですが(作品が高額すぎるので受け入れ先がない・・)、せめてこの機会に、ドーハで本物を観ることを強くお勧めします! 批判は、実物を観てからしてほしいです!

***

五百羅漢図一辺倒になってしまいましたが、その他の展示も素晴らしかったです。改めて見返すと、過去の作品群の試行錯誤と積み重ねが、村上作品を進化させ、五百羅漢図に結実しているのがすごくよくわかる。

げろたん

第1室で迎えるのは、村上作品お馴染みのオリジナルキャラ、DOB君が変奏した大作、「Tan Tan Bo Puking a.k.a. Gero Tan」通称げろたんの部屋。2002年、カルティエ財団@パリでの個展で発表された同作は、60名のスタッフでつくりあげ、会場でも現場制作を行うという、大がかりな工房制作の代表作。悩める芸術家像を自己投影したこの作品は、細密でツルツルピカピカのフラットな仕上がりに驚かされますが、制作スタッフの方の話によると、五百羅漢図と比べれば技術力が全然劣ってる!とのこと。どんだけ進化してるっていうの!?

ドブ君
この部屋は個人的なお気に入りベストのひとつだった!DOB君が生まれたのが、個展@SCAI THE BATHHOUSEが開催された1994年頃ですが、これは、当時の初期作品の構図のままにサンプリングし、ヴァージョンアップされた2009年の作。色面にはキラキラした水玉模様のシルクスクリーンが重ね刷りされ、輪郭線も多重で密度が濃くてすごいかっこいい!ディテールの凄さを伝えられないのが残念!

タイムボカン
アニメ、タイムボカンの最後の爆発シーンを原爆のキノコ雲に重ねたこの絵も、過去の作品を迷彩、ポップに変奏した2009年のヴァリエーション。ポップな装いながら、原爆〜原発への不穏なイメージにつながり、コンテクストは深いです。

カイカイキキ2
2001年、東京都現代美術館で発表されていたことを懐かしく思い出します。カイカイとキキちゃんの彫刻。背後は、お花のシリーズに百面相のカイカイキキちゃんを重ね描いた2009年の大作。

アブストラクト
コンピュータ時代の抽象表現主義?印刷の網点を拡大し、あえてペインタリーなブラッシュストロークを重ねた、珍しいアブストラクトペインティングのシリーズ。そういえば、リキテンスタインの作品にも、マンガ風の抽象表現主義作品ってありましたね。こうした実験が、五百羅漢図のあの複雑な背景につながっていることがわかって、あらためて感服。

光琳
光琳風の花鳥風月。床もイメージに覆われ、デジタル空間の中に入り込んだ気分に。

パンダと龍
一世を風靡したルイ・ヴィトン・プロジェクトの時の彫刻と、近年ローマで展示された龍の図が。龍は赤青のひと組で、辻惟雄先生の助言により、下絵を転写させず、手描きで制作された希有な作品。この線の勢いが、五百羅漢図の作風にも生かされているのかな、とか想像したり。

とんがり君
2003年、ニューヨークのロックフェラーセンターで最初に発表されたとんがり君が、LEDの台座に載ってお目見え。ドーハ展開催にあたり、最初ドバイを訪れた村上さんが、LEDでキラキラの街の様子に触発され、展示にも反映したのだとか。まさにサーカス状態。

自画像展示
タイトル、egoにあわせて、展覧会イメージには村上さんの自画像が使われていました。アーティストは道化だとよくおっしゃいますが、アニメ風に描かれた自作のキャラクターと同化した村上さんはめっぽうコミカル。入口のリアル大仏との対比がすごい。

自画像
愛犬POMちゃんを従えた村上さんの自画像は、やっぱり戯画化されていますが、このポーズ、昔の「しかも手を挙げて」のDOB君になぞらえているのかな?

ドクロ
近作のドクロのシリーズでは、絵の具を本人が表現主義風に着彩していくので、制作に時間がかかると伺ったことがあります。この絵の具さばきが、五百羅漢図の人物表現につながっているのでしょうか。その作風の変化が興味深かった。

達磨とオーバル君
墨絵のブラッシュストロークをサンプリングし、コンピュータ上で再構成して描かれた達磨のシリーズは、村上作品の中での新機軸でしたが、綺麗に整えられたベジェ曲線じゃない、この有機的な筆跡も、五百羅漢図の線描につながっているのかも?

最新彫刻
近年、大型のFRP彫刻は、埼玉のスタジオ、ラッキーワイドさんが手がけているそうです。最新作のマケットは、このあと数十メートルの大作になる予定だそうですが、、そこまでくるとイメージがスケールアウトして想像もつかないです。。

Tシャツ
展覧会のオリジナルTシャツ!

グッズ売り場
グッズ売り場も充実。ハイアートと商業的なロウアートの垣根を崩し、価値観を転倒させようとする村上さんにとって、アートグッズも立派な作品。

挨拶する村上さん
王室の方々も列席した、オープニングのディナー会場で挨拶する村上さん。@イスラム芸術博物館。こうした場面を目撃すると、村上さんは、日本を代表する正真正銘の文化大使だと本当に思いました。
海外の王室から支持を受け、彼らと対等に付き合い、また自分自身の殻を破る新しい作品と展覧会に挑戦する。総勢800人ものスタッフを動かして未曾有の展覧会をオーガナイズし、人の心を動かす作品=メッセージを発する、村上さんこそが凄い!!!孤軍奮闘して道を切り開いた村上さんは、その努力と世界の現実を日本人が知らなさすぎると常々憤りますが、実際ここは、外に目を向けず、日本の中に居続けるかぎり知り得ない世界です。でも、彼の活動がこれほど世界的に影響力をもつことは事実だし、日本が日本だけを見続けてやっていけないのもまた事実、そして、村上さんの作品が遠い外国でつなぐご縁が、これからめぐりめぐって日本につながっていくことも大事な事実なわけで。
やっぱり願うのは、「日本でも村上作品を発表してほしい!!!」ってことです。村上さんが批判している経産省クールジャパン政策で、いっそ五百羅漢図のお里帰り展を企画してほしい!!! 実物を見て触発されることって、無限にあると思います。これは日本の誇りです!!!

追記。
オープニングの翌日、展覧会キュレーターのマッシミリアーノ・ジオーニ氏(NYニューミュージアムのディレクターにして、次回ヴェネチア・ビエンナーレのディレクター)と村上さんの対談が行われました。
村上さんは予備知識のなかったドーハでの展覧会開催にあたり、砂漠に囲まれたドーハで次々建設される高層ビル群が、スターウォーズの近未来都市に重なり、展覧会を映画産業に見立ててエンターテイメントにしようと思ったと語っていました。子供達が素直に喜ぶ楽しさをつくり出したいと。なぜなら、自分は幼少期に両親に連れられて行ったゴヤ展で、子どもを喰らう鬼の絵を観て怯え、食堂に飾られた裸のマハのポスターにとまどい、親に「教育のためだから」と言われて美術がトラウマになったからと。自分は、リチャード・セラのような王道のアーティストではなく、彼らの提供しない楽しさや面白さを見せる役回りなのだと。もちろん楽しさの裏側にある世の中の理不尽さも伝えられたらと。

アーティストは自己表現していればいいだけじゃない。信念を貫いて獄中で亡くなった狩野山雪や自殺したゴッホのように一人きりで生きるか、そうではなく、実は青物問屋を仕切っていた実業家・伊藤若冲や、政治文化にもコミットメントし、組織で制作していたアングルやクリムト、ドラクロワ、ベラスケスらのように社会ときちんと対峙しながら生きるのか。芸術的な正義と政治的文脈が合体しないと本当の芸術はできないと思うし、戦後日本の教育でそれが教えられなかったことが悲劇の始まりだと、村上さんは繰り返し言います。(ニコ生より)
作品を見ているはずが、最後は自分の生き方を問いただされているようで、いたたまれない気分になります。人の姿を見ることは、己の姿を振り返ることでもある。展覧会に人物像が多かったのは暗示的でした。
でも、村上さんの言うとおり、何事も行動あるのみです。前向きなパワーと問題提起を同時に受け取る、それもアートの力でしょうか。ただ楽しんでいるだけではいられない、重い課題をしょって帰ってきたドーハ行きでした。

村上さん、スタッフの皆様、本当にお疲れ様でした&ありがとうございました!

>記事は、カタール・ドーハの街中編カタール・ドーハ建築編に続きます。

村上さんのツイッター
フクヘン。こと鈴木芳雄さんがまとめた村上展関連togetter 

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4 コメント {コメントする}
  • ところによりエンジニア

    村上隆 “EGO” 展覧会に行ってきました!

    今年は日本とカタールの国交樹立40周年ということで、様々なイベントがあるのですが、その中でも目玉のイベントの一つがカタールのドーハで開かれている「村上隆 “EGO” 展覧会―”EGO” Exh…

  • sakurai

    こんにちは!
    いま、カタールへMURAKAMI EGOを見るために、チケットを取りました!
    カタールについて調べていた私には大変、参考になる記事でした、ありがとうございます。
    質問なのですが、空港から、この会場付近までの移動や、ホテルより会場までの移動は、すべてタクシーでしょうか?
    参考にしたいので、どうかお聞かせください。

  • miyamura

    >sakuraiさま
    すべてタクシーを利用しました。
    界隈は流しのタクシーも拾えますよ。
    よい旅を!

  • sakurai

    そうですか!ありがとうございます!

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